銭紹武という彫刻の大家は孔望山彫像が中国芸術の最高追求を表すと言う

2014年、銭紹武という中国の当代彫刻の巨匠は連雲港に着き、孔望山の摩崖造像、及び石象、石蟾蜍を考察した。極めて美しい漢代の造像をよく褒め、「孔望山の石象はわが国の現存の漢代丸彫りで一番大きな造像で、石の元の形を借り、少し彫って、創造力が高い。」と言われた。

「中国の雕塑史で、霍去病の墓の石の彫刻は漢代の石彫を集大成した。今の孔望山で発見した石象、石蟾蜍などは同じ術を運用して、規模が極めて大きく、中国の雕塑史に新たな証拠を加えた。」80歳近くの銭紹武は体が丈夫で、賢いであり、雕塑の立場から孔望山の漢代石象、石蟾蜍、摩崖造像を解読した。

●石象は太古の時代の傩戏から起こったかもしれません●

「孔望山の石象、石蟾蜍は漢代の葬礼儀式から生まれたかもしれない、墓が建った後、傩戏の儀式を行う時に残ったもの。」今回は銭紹武が三度目に連雲港に来た。彼は石象、石蟾蜍にとても夢中になった。銭紹武は「中国のロダン」と呼ばれ、「李大ショウ記念像」、「盲人阿炳像」などの彫刻作品は人々によく知られ、「杜甫像」などの作品が中国美術館に収蔵されている。

銭紹武は高齢をかまわず、孔望山に登り、山の中で石象、石蟾蜍などを真剣に調べ、研究し、「绝知此事要躬行」(自分は実際に歩くことは大事だ)という古訓を実践してきた。真面目に考えた後、彼は孔望山の石象、石蟾蜍の彫刻手法は陝西で霍去病の墓の石彫と同工異曲の妙を得ている。彫りたい物の形と大抵同じの石を選び、石の元の形によって、大胆で簡単に輪郭を彫り、それから細部を描くのを重点として刻むのである。

●「応物象形」という中国彫刻の原則●

当日、銭紹武の一行は孔望山の漢代石象に着き、象を研究し、連れて行ってきた人と検討をした。彼は象を指したながら、皆にこう言った。「見て、石象の丸い腹、伸びている脊柱は生き生きていて、工匠は石の形によって少し手を加えて、中華の大きな雕塑の特色を表した。それは「応物象形」(対象の形体を的確にあらわすこと)という原則である。

「孔望山の彫刻はあの時で葬礼儀式の重要な部分です。石蟾蜍は生命の永遠を象徴して、地下で命を続くことを代表して、地下建築を守り、墓の主人の安全を保障するという役割があって、ここに大規模な古墳群があるはずです。」ここに石象、石蟾蜍のほかに、お墓の中に他の霊獣があるはず、地元の考古者が孔望山の辺りによく探して、新しい証拠が発見するかどうかをやってみようということを言われた。

銭紹武は、「われわれの先祖は自然の楽しみ、美の理解がヨーロッパの人よりずっと早いで、国外の彫刻家は石を自分がほしい姿になると多く強調し、中国だけは石と山の元の形を保留し、自然美と元の興味を重視する。これは真の中国特色がある彫刻アートです。」と言われた。

●孔望山の摩崖造像は生命力に溢れた●

この度、連雲港に来て、銭紹武が孔望山の摩崖造像を真剣に探ることを行った。「整体の姿はとても美しい、山の石は勢いがあって、潮水が湧くみたいで、強い生命力に溢れる。」と言われた。孔望山の摩崖造像はどんな内容を表現するのかという質問を答える時に、銭紹武はこう思われた。「前人の言い方に拘らなくて、実際からスタートして、研究を行い、自分の見方を提出します。粗く探るによると、造像はほぼ後漢時代の前の作品で、漢代の特徴が備わります。」

「探したものは彫ったものより大事だ。」孔望山の極めて美しい造像を楽しむながら、銭紹武は、「古代の芸術家は石の元の様子を利用して、そんなに生命力が高い造像を彫って、自然で美しいものを探すことをよく知っています。石の元の美しさと彫った美しさを保留して、これは中国芸術の最高な形式です。」と言われた。


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